来てくれる人は来てくれる。でも、知らない人に届ける仕組みがなかった。
山口市で長年にわたり雛人形・五月人形・盆提灯を扱う専門店。地域の節句文化を支えてきた歴史があり、リピーターや口コミ経由のお客様が来店の多くを占めていた。商品の質と接客への信頼は厚く、来てもらえれば必ず伝わる——そういう店だった。
しかし、「知らない人に届ける」仕組みがなかった。Webサイトはあるものの更新が止まっており、商品情報も最新のものが反映されていなかった。Instagramは開設していたが、投稿が不定期で、発信の方向性も定まっていなかった。
節句人形は「その年の節句が来る前に買う」という購買タイミングがある。検討を始めた人がオンラインで情報を探しても、この店が候補に入らない状態が続いていた。伝統という強みを持ちながら、新しい顧客との接点がほとんど生まれていなかった。
知っている人は来てくれる。でも、知らない人には存在していなかった。オンラインに「魅せる」状態をつくることが、最初の課題だった。
節句という「時期のある購買」を、オンラインで受け止める設計にする。
最初に、節句人形を購入する顧客の行動を整理した。初節句を迎える家庭の多くは、祖父母世代が購入を検討し始めるケースが多い。しかし実際に商品を選ぶのは親世代であり、彼らはInstagramやWebで「どんな人形があるか」「どんな店か」を下調べしてから来店する傾向がある。
つまり、購買の入口はオンラインにある。展示や接客で価値を伝えるこの店の強みを活かすためにも、まずオンラインで「来てみたい」と思わせる情報を届ける必要があった。
SNSは「商品を売る場所」ではなく「信頼を積み重ねる場所」として設計した。商品の美しさを伝える写真に加え、節句の由来や飾り方のコツ、スタッフが商品に込める思いなどを発信することで、「この店なら安心して任せられる」という印象を育てる方針を固めた。並行して、遠方の方や来店が難しい方向けにオンライン購入の導線も整備することにした。
SNSを継続できる形に整え、オンライン購入の入口をつくる。
Instagramの投稿を週2〜3回のペースで継続できるよう、投稿の型を整理した。商品紹介・節句の豆知識・店舗の日常という3つのパターンを設け、スタッフが無理なく発信できるフォーマットを用意した。写真の撮り方の基本(光の方向・背景の選び方)もガイドにまとめ、商品の美しさが伝わる投稿を継続できる体制を整えた。
節句シーズン前の2〜3か月は投稿頻度を上げ、「今年の節句に向けて選んでいる方」に向けた情報を集中的に発信するカレンダーを設計した。ハッシュタグの設計も見直し、山口県内で節句人形を探している層にリーチしやすい構成にした。
オンライン販売は、既存サイトに問い合わせ・予約フォームを整備することから始めた。「来店前に気になる商品を問い合わせできる」導線を設け、遠方のお客様にも対応できる体制をつくった。
実装期間:約2か月。伝統の雰囲気を壊さないことを前提に、デザインと発信のトーンを設計した。
「Instagramを見て来ました」が、新しい来店理由になった。
SNSの継続運用から3か月後、節句シーズンに向けて「Instagramを見て来ました」という来店客が現れ始めた。これまで口コミや紹介がほとんどだった来店経路に、SNS経由という新しい入口が加わった。
フォロワーは徐々に増加し、節句の豆知識を発信した投稿の保存数が特に高かった。「役に立つ情報を届ける」という方針が、フォロワーとの関係を育てていることが数字に表れた。投稿を続けることへのスタッフのモチベーションも上がり、発信が習慣になった。
問い合わせフォーム経由での遠方からの相談も入るようになった。「山口に行けないが、お願いしたい」という声は、これまで受け止める場所がなかった需要だった。オンラインが「入口」として機能し始めたことで、商圏が少し広がった感覚がある。